総番長日記

大日本番長連合電脳通信

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その時歴史が動いた 

もしも・決断の瞬間編
 

その時歴史が動いた 

源平争乱・元寇編
 

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ホラー等身大メルちゃん。 

3月29日

池袋に買い出しに出かけた…その帰り、ふらっと立ち寄ったトイザらスサンシャイン60店で…ふと、目にした女玩コーナーのモニターに、私は目を疑う凶々しいものを目撃した。

「おはようメルちゃん」…といえば、もう何年も前から、日曜日朝の東映スーパーヒーロータイムの時には必ずCMをやっている、ロングセラーの女の子向け赤ちゃん人形だ。

「おはようメルちゃん、お風呂も遊びもい~っしょ�」というCMソングも、私のような特撮マニアにはおなじみ。

しかし、知らなかった。
あの歌に、振り付けがあったとは。

「メルちゃん体操」というらしい。

モニターの中、お姉さんが「良い子のみんな!メルちゃん体操だよ~!」と子供たちに呼びかける。
お姉さんと子供たちが、CMソングに合わせて元気に踊りだす。
よく見ると、子供たちの後ろに、何か巨大な人影が蠢いている…。

私は思わず呟いてしまった。
「あっ…メルちゃんだ」

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2メートル位ありそうな巨大な赤ちゃん人形。
あどけない表情と、体躯の大きさのギャップがあまりに凄すぎて、踊っている子供たちがメルちゃんと目を合わさないようにして怯えているのがわかる。

怖い。

しかも、それが映し出されているモニター画面が、店員さんが拭いていないものだから黒い埃がこびりついて何ともいえぬ廃墟感がある。
時間帯も、午後8時を回り閉店近かったので、私の他にお客様は誰もいない。
私は、トイザらスに来たつもりが、いつの間にか異次元を通り抜けてこの世の果てに来てしまったのではないか?と一瞬奇妙な錯覚に捕らわれた。

モニターを見つめているのは私一人…この巨大メルちゃんは、私のためだけにいま「メルちゃん体操」を踊っている。

いや、私がそこを去った後も、誰も見ていなくても、巨大メルちゃんはあの黒くくすんだモニターのなかで、緊張した子供たちと体操を踊り続けているのだ。

しかも、サンシャイン60と言えば、もとは巣鴨プリズン…第二次世界大戦の大日本帝国の戦犯が収監されていた刑務所の跡地。

その地下一階で、人知れず、この巨大赤ちゃん人形は体操を踊り続けていたのか…と思ったら…なんという凶々しさだろう。

背筋に冷たいものが走った私は、急いでその場を離れた。
東池袋四丁目から都電荒川線に飛び乗り帰路についた。

ずっと仕事ばかりしていたので、頭のスイッチがヘンな方向にオンになっているのは確かだ。
そういう時は想像力が、やはりヘンな方向にどんどん暴走してしまう。

怖かった。

やはり、仕事のための買い出しに出て途中で寄り道などしてはいけない。 
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2009/03/30 22:44|独り言TB:0CM:0

前田隣さん、ありがとう。 

3月19日

今日、コメディアン前田隣さんのお別れの会があったのだが、別の用と重なってしまい、行くことができなかった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

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前田隣さんといえば、「親亀の背中に子亀を乗せて~そのまた背中に孫亀乗せて~」や「赤上げて、白上げて、白下げないで、赤下げない」というギャグで一世を風靡したコントグループ“ナンセンストリオ”のリーダー。

「赤上げて、白上げて…」という旗上げギャグは最近、マンガ「よつばと!」の中でも引用されていたが、オリジナルは前田さんのナンセンストリオなんだよ。
そうなんだよ。覚えておきなさい、○石くん(私のアシスタント)。

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前田さん(ナンセンストリオ)は実相寺監督が演出した伝説的特番「ウルトラマン前夜祭」にも出演されている。

その番組に影響されて、河崎監督が「電エース前夜祭」という番組を作ったことがあった。
もう十数年前のことだ。

その時の司会役を務めたのが前田隣さんで、「電エース」シリーズで電次朗を演じている私もご一緒させて頂いた。

番組当時、30歳になり、だんだん体力の衰えを感じ始めていた私は、河崎監督に黙って、いつもはテンションの高い電次朗を、その時は少し抑え気味にシニカルな皮肉屋ッポク演じてみた。

20代の時から、もう20年以上も飛び飛びで演じてきた電次朗だが、演じるにあたって、河崎監督からなにか特別に要求されたりしたことはあまりない。
いつも「はい、テンション上げていってみよー!」といわれるだけだ。

生意気にも、当時の私はプロの役者でもないのに、そんな自分に(自分に要求されているキャラクターに)やや疑問を感じ始めていた。

つまり、30代、40代になっても電次朗や「筋肉番長」のような、ただただテンションが高いだけの自分を続けていけるのか?と自信をなくしていたのだ。

私の家系は脳溢血の血筋でもあるので、個人的にそれも心配だった。
年をとってから、テンション上げ過ぎて脳の血管が切れたらどうしようと不安になり始めていた。

そこで、体力が衰えても演じていけるような、自分のキャラクターを変えてみたらどうかと、勝手に実験的に電次朗のキャラクターを変えて演じてみた…要するに「守りに入った」のだ。

いまだから言うが、当時の私はハッキリ言って“芸”というものをナメていた。
燃え尽きるよりも、ダラダラ長生きすることを選ぼうとしていた。
全力疾走で生きることに拒絶反応を示していた。

その後ろ向きな姿勢は、あっという間に前田さんに見破られた。

番組収録後の控え室で、前田さんに質問された。
「君はいつも、今日みたいな(皮肉ッぽい)感じで、この役を演じているの?」

「いや、いつもは違うんですが、今日はちょっと感じを変えて演じてみようかと思いまして…」と私は答えた。

すると前田さんは、少し怒ったような、ガッカリしたような目で…「一度、始めた芸風を途中で変えちゃダメだよ。」と言われた。

そう言われた私は…

顔から火が出る位恥ずかしくなった。

「もぅ、逃げられないんだな」と思った。

「一度始めた芸風を途中で変えてはいけない」…自分で作った芸風(作風)から逃げ出そうとしていた自分に、無理矢理気づかされた感じだった。

それでもう、私は腹をくくった。
覚悟を決めざるを得なかった。

自分から失速するのは止めよう。
遠く宇宙から大気圏に飛んできた隕石のように、たとえ地表にたどり着く前に燃え尽きようと、燃え尽きるその瞬間まで燃え続けよう…と。

それは、演じること、描くこと…つまり創作すること、生きることに手を抜かないという意味だ。

以来私は…前田さんのおかげで、すっかり“ただただテンション上げ上げ”の…手を抜くことのできない人間になってしまった。

本当に、これでよかったのだろうか?時々思う。
テンション上げ過ぎで周囲の人間がどん引きしているのを感じた時とか…。

しかし、常に自分の、ギリギリのところまで力を出し切る…という生き方は、清々しい。
“いつもいっぱいいっぱいなだけ”にも見えるけど…。

でも、そういう生き方があるんだということを、私は前田隣さんから学んだ。

恥ずかしいので、製作された当時以来、私は「電エース前夜祭」を再見していない。

前田隣さんとお会いしたのも、その時一回きりでその後お会いしていない。

やはりもう一度、キチンとお会いしてお礼を言うべきだった…といま、思う。

前田隣さん。

お別れの会にいけなかったので、こんなところで書くことをお許し下さい。

あの時、変に芸風を変えなかったことで、得ることのできたものが確実にあります。

本当にありがとうございました。

ご冥福を心からお祈りいたします。 
2009/03/20 06:18|独り言TB:0CM:0

新しい眼鏡。 

3月15日

眼鏡がない。

眼鏡は仕事用のもの(“ジョン・レノン”というブランドのハリー・ポッターみたいな丸形眼鏡)と、映画などを観る時用の度数がやや強めのものと2本を使い分けていたのだが、その度数強めの方がどうしても見つからない。

油断していた。
部屋の中に決まった置き場をつくらず、気分次第であっちこっちにポイポイ置き散らかしてきたのが仇になった。
あるいは、知らない内にどこか外で落っことしてしまった可能性もある。

本当に大切なものというのは、無くしてみて初めてその価値がわかるというが、まったくそのとうりだった。

眼鏡を紛失した時の近視者ほど情けないものはない。

ただでさえ眼鏡がないとハッキリ見ることができないのだから、裸眼で探し物など見つけられるわけがない。

まさに気分は、「任天堂の“手さぐりゲーム”」、「ひみつのアッコちゃんの“チカ子”」だ。

…言っていることもわけがわからない、客観性を欠いた、なにやら近視眼的なものになってくる。

やむを得ん。
こうなったら新しい眼鏡を作ることにしよう。

そうだ。どうせ作るなら、ヨン様のような、優しいヒトに見える感じのフレームがいい。

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間もなく4月。
現時点で解雇通知をもらっていないので、私は来期も専門学校の教壇に立てるようだ。
いまの生徒たちは、大半がすでに平成生まれ。
私のような、高度経済成長期のどさくさまぎれに作られ、青春のド真ん中をバブル崩壊で過ごした、凶暴な昭和生まれと違い、生徒たちは皆、少子化社会の中でゆとり教育を受け大切に育てられてきた心優しい少年少女たちばかりだ。

「筋肉番長」を執筆しているときの高テンションをそのままぶつけたりしたら、彼らのガラスのハートは簡単に砕け散ってしまうだろう。

自分を抑えて冷静にならないといけない。
学校の授業は“戦い”ではないからだ。

眼鏡は顔の一部というし、生徒をビビらせないためにも、まずは外見を整えよう。
見た目に優しい感じにしたい。

仕事用に使っている度数の弱い眼鏡も、思えば10年以上レンズを交換していないので傷だらけだし、ついでに新しいレンズに入れ替えてしまえ。

総とっかえである。

そんなわけで、眼鏡市場高田馬場店へ行ってフレームを選んだ。

なぜ“眼鏡市場”かといえば、ここの宣伝キャラクターがヨン様だからだ。

で、色々試した末に選んだのがこのフレーム。

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どうだろう?

優しいヒトに見えるだろうか?

あとは、性格の問題…だよなぁ。 
2009/03/17 03:30|独り言TB:0CM:0

本日から劇画マンガ原画展。 

3月13日

劇画界の超大先輩、植木金矢先生と合同の原画展「劇画・マンガ原画展」が、本日から16日まで、浅草公会堂で開催中。

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午前中、世界堂に額装を頼んでおいた「筋肉番長」のイラストを回収し、会場の浅草公会堂へ搬入。

なんと一峰大二先生の「ライオン丸」の原画の横という、個人的にムチャクチャ恐縮する設置場所を頂きました。うわぁ~っ、恥ずかしい…いや、光栄です。

しかし今回の原画展、いざ始まってみると、展示作品の点数、内容共に私が想像していたよりもはるかに充実しており、自分でいうのもナニですが、ムチャクチャお得感があります。
週末の予定がまだお決まりでない方は、ぜひお立ち寄りください。

夕方、公会堂を出て、浅草寺の仲見世にあるカツラ屋さん「コマチヘアー」さんで今月のハイパーホビー用のネタを仕入れてから、初台の東京オペラシティへ。

コンサートホールで「冬木透CONDUCTSウルトラセブンコンサート」を聴いてきました。

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昨年の「実相寺監督を偲ぶ会」でお見かけした時、あまり顔色がすぐれていらっしゃらなかったので心配していたのですが、今日の冬木先生は大変お元気そうだったのでちょっと安心しました。

だけど、セブンのBGM…聴いているとどうしても実相寺監督のことを思い出してしまって、ダメですね。
涙がこみ上げてきてしまって。

年齢的にこれからの人生、出会いよりもお別れの方がだんだん多くなってくるのはわかっているのですが…だからこそ、いま一緒の時を生きている人々との時間を大切にしたいものです。

やっぱり、セブンのBGMは名曲ですな。 
2009/03/14 01:48|見聞録TB:0CM:0

カーネルサンダース発見。 

3月11日

24年前、阪神タイガースが優勝した時、阪神ファンによって道頓堀に投げ込まれ、以来行方知れずになっていたケンタッキーフライドチキン心斎橋店のカーネルサンダース像が、四半世紀近くの時を経て、恵比寿橋下流 約240メートルの工事現場の水中から発見されたという。

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昨日は上半身が、今日は下半身と右手がサルベージされたらしい。

24年前…当時私はデビュー作の書き下ろし単行本「まんが音楽家シリーズ ベートーベン」を執筆しながら、テレビで関西のパニック状態を見ていた。

当時、タイガースに在籍して「神様、仏様、バース様」とファンに崇められていたランデイ・バース選手と“ちょっと顔が似ている”“同じ外国人(の像)だ”というだけの理由で、暴徒と化した阪神ファンに担ぎ上げられ恵比寿橋から道頓堀ダイブさせられたカーネルサンダース像。

以来阪神タイガースが優勝から遠ざかっていることから、ファンの間では「これは川に投げ込まれたカーネルサンダースの祟りに違いない」とまことしやかに囁かれ続けてきた。

その後、恵比寿橋周辺の道頓堀川整備、清浄化工事が行われた際、確か同時にカーネルサンダース像の捜索も行われたというニュースを聞いたような気がする。
その時は川底のヘドロの中からも発見されることはなく「カーネルは流されて行ったんだろう」「いや、自分で海まで水中を歩いてアメリカへ帰って行った」「いや、川から上がってアメリカ村にいた」など、様々なウワサが飛びかった。

しかし実際は、意外と近くに…人知れず道頓堀川の水中にずっといたわけだ。

私がまず驚いたのは、24年間もずっと川底にあった割には、意外と“良い状態”で残っていたという点だ。

私のうちの近所の神田川の川底には、よく自転車や鉄パイプが落っこちていて、ひどい時はスクーターなんかが落っこちている時もある。
道頓堀川の状態がどんなものなのかは、詳しく知らないのでなんとも言えないが、都会の川にはそういう通常では考えられないようなものが流れてくる。
そんな中に24年もいて、上半身と下半身のようにパーツごとに分解してしまうのは致し方ないにせよ、大きな破損や欠落もなく残っているなんて、運が良かったのか、よほどカーネルサンダース像の成形素材が丈夫だったのか?何か神がかり的な力さえ感じてしまう。

そんなカーネルサンダース像が…このままで済むわけがない。

私は予言する。

このカーネルサンダース像は「祟り神として祀られる」だろう。

冗談抜きで。

古来日本には、あるケースにおいて、神として祀ることによって怨みや祟りを沈めるという風習がある。

菅原道真公や、平将門公、聖徳太子様もそうだ。

阪神タイガースが優勝できないことが、24年前“ヒトの形をしたもの”を疎かに扱ったことへの“罰(ばち)”と本気で考えている人々がいる以上、カーネルサンダースも充分信仰の対象になりうる。

近い将来、イタズラをした子供をお母さんが「言うことを聞かない子供にはカーネルサンダースさんのばちが当たるわよ」と言って躾ている姿が…私には容易に想像することができる。

去年、ご開帳があった浅草浅草寺のご本尊も隅田川の中から現れたという。

我々はいま、新たな神話の誕生の現場を目撃しているのかもしれない…。 
2009/03/12 01:09|独り言TB:0CM:0

自画像 

加藤 礼次朗

Author:加藤 礼次朗
1966年3月8日生まれ。
職業:漫画家。

1986年描き下ろし単行本
『まんが音楽家ストーリー ベートーベン』でデビュー。

映像界では、イラストや友情エキストラ(出演)、2007年にはオペラ「魔笛」の衣装デザインを手がけるなど漫画界以外でも幅広い活動をしている。

 

コミック版『はやぶさ 遙かなる帰還』 

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夏目漱石の「三四郎」 

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まんが音楽家ストーリー3 

ベートーベン
 

まんが音楽家ストーリー8 

バイエル
 

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