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その時歴史が動いた 

もしも・決断の瞬間編
 

その時歴史が動いた 

源平争乱・元寇編
 

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結成!ジュランジュラン(2)。 

9月23日

「実相寺監督のプロダクトに参加できるなんて本当に光栄です。芸大(東京芸大)でも監督はオペラ演出課…僕とは学科が違ったので接点がありませんでしたからね。怪獣、好きなんですけれど…オペラ業界には怪獣マニアなんていませんから…孤独ですよぉ。」

…と、歌劇『魔笛』の稽古場で私にそう漏らした高野二郎先生。

ああ、そのひとことを漏らしてしまったばっかりに…。

「怪獣好きは世間ではハンディキャップにしかならない」

…とは“怪獣マエストロ”と呼ばれる造形家、品田冬樹(しなだ ふゆき)師匠の名言ですが…

確かに…そういう人は世の中全体からしてみるとごく少数派の特殊な人なのかもしれません…しかし、私の周りはなぜかそんな人ばっかり?…たぶん私も頭がどうかしていたのだと思います。

「高野さん…じゃあ、今度一緒に飲み会に行きませんか?」

…その機会は意外に早く訪れました。
その年(2005年)の秋…五反田イマジカで行われた河崎実(かわさき みのる)監督の映画『コアラ課長』の初号試写…その後駅前の居酒屋で開かれた完成記念打ち上げ飲み会に、私は高野先生をご招待したのです。

しかし、飲み会の顔ぶれを見て、私の心の中はすぐに不安でいっぱいになりました。
その時、飲み会に参加していたメンバーがただでさえ濃ゆい河崎監督関係者の中でも、まるでカップヌードルを食べた時の最後に残った一口のスープのように、特に濃厚なエキスが凝縮されたような人々だったからです。
その中にはもちろん、イベントで再会して以来すっかり飲み仲間となっていた福田裕彦先生もいらっしゃいました。

これはいけない…いくら高野先生が自称怪獣マニアといっても、そこはやはり常識人の範疇…住んでいる世界が違いすぎる。
だいたい怪獣マニアといってもどの程度の“重傷患者”なのか?…その時点で私はまだ高野先生の“重傷度”を計りかねていました。

例えば、バルタン星人くらいなら知っている人でも、グビラやザラガスといわれたら普通はピンときません。
「バルタン星人って2代目とかいるんですよねぇ」と言っただけで世間では立派に怪獣マニア扱いです。
しかしその日のメンバーは、飲みの席で「鳩山由紀夫ってケムラーに似てるよな」位のレベルの話を平気でしているような、ウルトラ世界と現実が一直線で地続きになっているような感覚で日常生活を送っているアブナイ人たちです。

20090924004550

はっきり言って普通の人には何が何やらさっぱりわからない話でしょう。
置き去りにされてしまいます。
そんな“重傷者”たちの群れの中にいきなり高野先生を放り込んでしまって大丈夫なのでしょうか?

「高野さんを飲み会にお呼びしたのは…はやまったかもしれない…。」

後悔先に立たず…高野先生が飲み会にやってきました。

私は…たとえ怪獣のことで話が合わなかったとしても、オペラとロックのジャンルの違いこそあれ“音楽”という共通項があればとりあえず高野先生が“浮く”ことはないだろう…と思い、高野先生を福田先生のテーブル席に案内しました。

私は心配しながらも、他の人たちと話の途中だったこともあり高野先生たちの席を一旦離れなければなりませんでした。すると…

しばらくして居酒屋の騒音の中でもはっきりと聞き取れるほどのひときわ大きな笑い声が高野先生たちの席の方から聞こえてきました。
オペラ歌手といえば、フルオーケストラが演奏している真っただ中で大ホールの最後部座席までマイクなしで声を届かせることのできる声の専門家です。
私は「オペラ歌手が爆笑するとこんなにすごいのか」と、その声の威力にあらためて驚かされました。

「いやぁ、怪獣の話でこんなに反応してくれる人たちが世の中にいるんですね…初めてです。開放されます。」と高野先生に言っていただいて、私もホッと胸を撫でおろしました。

その席で早くも福田先生と高野先生の間で「何か一緒にやりましょうよ…“怪獣で”」という話が動き出し、それが後に作曲家とオペラ歌手による世界で唯一の特ソン(特撮ソング)ユニット“ジュランジュラン”として結実するわけです。

その飲み会の後、河崎実監督の映画『ギララの逆襲』や『電エース』といった作品で、高野先生には色々と協力していただきました。
特に『電エースファイナル』という作品では、主題歌だけでなくご本人の役で出演もしていただいています。
ただし宇宙人に操られ、巨大化してヒーロー(電エース)と戦うオペラ巨人という…ほとんど怪獣扱いの役ですが。

その話の脚本を書いた張本人の私がいうのもナニですが…撮影現場で楽しそうに巨大高野二郎を演じられている高野先生の姿を見て…私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
高野先生が怪獣好きでイイヒトなのをいいことに本当に甘えてしまっているなぁ…と。

「みんながオペラというものに興味を持っていただけるんでしたら、僕はどんな役だってやりますよぅ!!」と、お会いするたびに高野先生はいつもおっしゃいますが…

もしかしたら私は高野先生の中の“押してはいけないスイッチ”を押してしまったんじゃないか…高野先生のオペラ人生の一部をものすごいヘンな方向にシフトさせてしまったんじゃないか…という、ひとりの偉大な歌手の人生の歯車を狂わせてしまった責任の重大さに、私はいまだに時々胸が締めつけられるような思いになります。

(続く) 
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2009/09/24 00:45|独り言TB:0CM:0

結成!ジュランジュラン(1)。 

9月22日

昨日21日、オシャレな街代官山で、怪獣マニアのミュージシャン福田裕彦(ふくだ やすひこ)先生とオペラ歌手高野二郎(たかの じろう)先生による特撮ソング(以下特ソン)ユニット“ジュランジュラン”の演奏会がありました。

この“ジュランジュラン”の結成に、実は私も大きく関わっています。
というか…そもそも福田先生と高野先生が知り合うきっかけを作ったのが私…いや、実相寺監督が取り持ってくださったご縁なのですが…。

高野先生や福田先生のファンに責められたらどうしよう?と思って、今まで詳しく書くのをためらっていたのですが、昨日の演奏会に行って「もう…逃げられない」と思ったので…覚悟して書きます。

福田裕彦先生と私が最初に会ったのは2004年。
早稲田の録音スタジオ、アバコスタジオでした。

その日は、実相寺昭雄(じっそうじ あきお)監督の映画『姑獲鳥(うぶめ)の夏』の音楽収録がアバコで行われおり『姑獲鳥…』のムック製作に協力していた私も見学に訪れたのですが、その時スタジオ外の打ち合わせ用サロンに居らっしゃったのが「劇団キャラメルボックス」の加藤昌史(かとう まさふみ)プロデューサーだったのです。

演劇好きな私はキャラメルボックスの芝居も度々見に行っており、加藤プロデューサーともちょっとだけ顔見知りでした。

加藤プロデューサーはキャラメルボックスの公演に使う音楽録りのためにアバコに来てらっしゃったのですが、私が実相寺監督の録音の見学に来たことをお話すると急に目の色がギラギラし始めました。

「何…じゃあいま、ソコに実相寺監督が居るの!?いや、実はね…いま録音しているミュージシャンの福田が監督のすっごいファンで…」
「ああ、そうなんですか…じゃあ、休憩時間になったらご紹介しましょうか?」
「それ…冗談じゃないだろうね?」
「…たぶん…大丈夫だと思いますけど…」

それから30分後…『姑獲鳥…』の音楽録音が一旦休憩に入り、スタジオからサロンに出てきた時目にした光景を…私はいまだに忘れることができません。

そこには、緊張でガチガチに固まった加藤プロデューサーと福田裕彦先生が、ソファーに二人キチンと“並んで”座っていらっしゃったのです。

私は実相寺監督が打ち合わせを済ませるのを見計らって声をかけ、加藤プロデューサーと福田先生を紹介しました。

仕事中の実相寺監督はクリエーターオーラが全身から放出されていてもっともエッジが立った状態になっているので、ちょっと声をかけることなどできそうにないほど「もっっのすごい怖そうな人」に見えます。
福田先生も怖かったでしょう。
震えながらご自分の名刺とCDを監督に手渡してらっしゃいました。

それでも、私が加藤プロデューサーに「大丈夫だと思います…」と言ったのは、監督が自分の映画を「好きだ」と言ってくれるファンの人をけして嫌がったりしない方だということを知っていたからです。

実相寺監督は『姑獲鳥…』の製作中、この映画がちゃんとヒットしてくれるかどうか…ものすごく心配していました。
しかし、監督の新作を楽しみにしているファンがいっぱい居る、みんなが待っていることがわかれば、それはきっと監督の励みになるハズだ…と、余計なお世話かもしれませんが…その時、私はそう考えたのです。

今だから告白しますが私、あのとき福田先生のことを利用しました。
ごめんなさい。

その後、福田先生とはまったく接点がなかったのですが…翌年有明で開催された玩具イベント「ワールドキャラクターコンベンション」でたまたま偶然に、私と福田先生は再会を果たしました。
福田先生は怪獣の限定ソフビを買いに、私はトークショーのゲスト兼司会で会場に来ていました。

その頃、イベント終了後…有明ビッグサイトの時は近くのホテルのレストランで打ち上げ飲み会をするのが私と玩具仲間たちのお決まりのコースになっていました。

その日は実相寺監督も飲みにいらっしゃっていたので、アバコでの一件で後ろめたさを感じていた私は福田先生を飲み会にお誘いしました。
福田先生は実相寺監督とずっと離れた席に座っていらっしゃいました。

「どうかしましたか?福田さん…」
「いやあ、緊張するよ…だっていまオレ、実相寺昭雄と同じ空気吸ってるんだよ?オレは監督の『無常』を見て監督と同じ大学に行こうと思った人間だからね…あの映画の中でさ、どうやって撮ったのか?どうしてもわからないカットがあってね…」
「そういうことでしたら、監督に直接お聞きになってみたらいいんじゃないですか?監督は昔の映画のことでも鮮明に記憶していらっしゃいますから…カントク~、ちょっとよろしいでしょうか?」

福田先生の疑問とは、映画『無常』の中に出てくる非常に長い移動撮影のカットで、おそらくは移動台車にカメラを乗せてレールの上を走らせながら撮影したものと思われるが…レールのガタつきがなく非常にスムーズに撮影されているので、手ぶれ防止機能のステディカムなどなかった時代…一体どうやって撮影されたのか?という非常にマニアックなものでした。

それに対する実相寺監督の答えは「たぶん…台車を押した人が上手だったんでしょ。あと、当時は移動撮影用のレールがいまみたいなスチール製のものばかりじゃなく木製のレールも使っていたからね。レールがガタつかなかったのは木製だったからじゃないかな?」というものでした。

勉強になりますね。

その後福田先生は、実相寺監督の依頼で『怪獣のあけぼの』というドキュメンタリーの中に出てくる芸術家集団「池袋モンパルナスの会」の会歌(楽譜だけで音源が残っていない歌)を再現したり、いまにして思えば時間的にはほんの短い間だったかもしれませんが晩年の実相寺監督から非常に頼りにされていました。

一方、私が高野二郎先生と知り合ったのも、やはり実相寺監督のお導きによるものです。

「オタク文化は日本が世界に誇るべき財産だ。日本人自らの手で発信していかなければならぬ。そんなわけで加藤…お前がやれ!」

と、実相寺監督に衣装デザイナーとして大抜擢されてのぞんだ、2005年初演の実相寺監督演出によるモーツァルトの歌劇『魔笛』。

その公演で…ダブルキャストだったのですが、一方のチームで主人公タミーノを演じていらっしゃったのが高野先生だったのです。

高野先生は、『魔笛』本番の楽屋に守り神として等身大ウルトラセブンのレプリカマスクを持ち込むほどの怪獣マニア…。

そんな高野先生と福田先生が初めて出会ったのが、河崎実監督の映画『コアラ課長』の初号試写…その打ち上げの席だったのです。

(続く) 
2009/09/23 18:57|独り言TB:0CM:0

これがアトム? 

9月20日

近所のサンクスの前にこんな広告が出てました。

20090916164529

この秋公開されるハリウッド版『鉄腕アトム』のアトムですね。

……これがアトム…ねぇ。

20090916164529

以前NHKのドキュメンタリー番組で、このアトムの製作舞台裏のことを放送していて…ハリウッドというところは大予算をかけて映画を作る→映画が当たらないとその莫大な製作費が回収できない→だからリサーチして最大公約数に好まれるキャラクターやストーリーを練り上げていく…という、その一部始終を追っていてたいへん興味深い番組だったのですが。

じゃあアメリカの人たちにとっては、このアトムがベスト…ってこと?

本当にアメリカの人たちはこのアトムが好きなのかしら?

失敗しないようにリサーチして作品を作るのは別に間違った方法ではないと思いますが…その結果、実写版の「スーパーマ○オ」や「ド○ゴン○ール」みたいに原作のマンガやゲームとは似ても似つかないものになってしまうケースもよくあるわけで…。

ウーン…納得いかんなぁ…。

長年高田馬場周辺…手塚プロ近辺に住み、駅の近くを通るたびに山手線ホームの鉄腕アトムの主題歌の発車メロディーを聞き、地域限定マネー“アトム通貨”も使っている人間の一人として…

天馬博士のキャラクターデザインはいいと思うんだけれどアトムの顔が…ちょっと微妙。

…いや、わからない。

「心配していたけれど、見てみたら意外に良かった」ということもあるかもしれないし…どうなんだろう。

ハリウッドって、「GIジョー」とか「トランスフォーマー」とか玩具を原作にするとあんなに生き生きとした映画を作るのに…ねぇ。 
2009/09/22 17:48|独り言TB:0CM:0

直江兼続と七人の戦国武将続報。 

9月16日

全国コンビニで発売中の「コミック版・直江兼続と七人の戦国武将」ですが…

20090916164529

編集さんから連絡をいただいたのですが、評判がよくて割と売れ行きいいそうです。

やっぱりカバンに放り込みやすいくらいのちょうどいい厚さと、ある程度の読み応えと、リーズナブルなお値段…が効いたのでしょうか?

こういう書き下ろしのコンビニ本は、雑誌と同じで消えてゆく運命…買い逃がすとあまり重版とかかかりませんから、興味のある方はどうかお急ぎください。 
2009/09/16 16:45|宣伝TB:0CM:0

ウルトラマンゼロのデザイン。 


管理人から、ネットで発表されているというウルトラマン新作映画に登場する新ヒーロー(新ウルトラマン)の画像が届きました。

私がコラムを連載している雑誌『月刊ハイパーホビー』今月号のグラビアに掲載されている、アーマーを装着した謎の戦士…その正体がこのヒト、ウルトラマンゼロという方らしいです。
聞いたところでは、セブンの血縁者だとか?

20090916081344

これまた聞いたところによると、ネット上ではなんだかいろいろといわれているそうで…だけど私の印象はそんなに悪くはありませんでした。

かつて特撮専門雑誌に漫画を連載していた身として、円谷プロに気を使っている?とか、そういうこと抜きにして…「まぁこういう方向もアリかな…いや、こういう方法しかないんだよなぁ」というのが正直な感想です。

なぜそう思うかというと、私が凡人だからです。
例えば、私が新しいウルトラマンのデザインを作れと言われたとしても、私には初代マンを超えるようなデザインなど到底できませんし、私の中にあるウルトラマンのイメージもありますから、多分初代マンやセブンにどこか引っ張られたような…そんなデザインになってしまうでしょう。
誰もが「これぞウルトラマン」と思い、それでいてまったく新しいウルトラマンのイメージを提示することができるかどうか?
私にはまったく自信がありません。

『ウルトラマン』というオリジナリティ溢れる素晴らしいフォーマットやデザインを作られた“神様”たちは、もうほとんど皆さんアチラの世界に帰られてしまいました。

私達は地上に取り残された民です。
キツい言い方かもしれませんが、自分たちで新しいヒーロー、新しいオモチャを作り出せない限り…神様が残していった遺産、オモチャをいじくりまわして遊ぶことしかできない。

それはそれでまた、甘美な魅力に満ちていることも確かなのですが…。

とはいえ“新しいヒーローをデザインする”という作業は本当に至難の技で、これがまたウルトラマンを超えるウルトラマンをデザインするということになると、これはもう不可能という他はありません。

特にあの…ウルトラマンの原デザイナー、彫刻家成田亨(なりた とおる)先生によって生み出された初代マンのあの顔のデザイン処理は…。
あれ以上気のきいたデザインを作ることなんて…はっきり言って並みの人間では無理だと思います。

…ややつり上がり気味の卵形の目、完全な一本線と化した鼻、そしてウルトラマンの顔の中では唯一複雑ともいえる…絶妙の面取りで構成された口…これ以上削ぎ落としたらキャラクターではなくなってしまうという寸前まで単純化されていますが、絶妙なバランスで顔の要素が残され彫刻家ならではの独特のセンスでアレンジされています…アノ顔。

そのデザインのオリジナリティは凄まじく、例えばウルトラマンとは関係のないニューヒーローをデザインしようとしても卵形の目や鼻を一本線にしてしまう(鼻をなくしてしまう)となんとなくウルトラマンっぽくなってしまいますし、逆に新しいウルトラマンをデザインしようとするとウルトラマンの顔の中にあったなんらかの要素を入れないとウルトラマンに見えなくなります。

つまり、新しいウルトラマンをデザインする方法は2つに一つ…あの初代マンのデザインを加工するか?ウルトラマンであることをやめてしまうか?のどちらかしかないということです。

新しいウルトラマンをデザインするということは、それをデザインした成田先生にとっても容易(たやす)いことではなかったようで、二代目ウルトラマンであるセブンのデザインは“ウルトラマンに兜、甲冑をかぶせる”方向で加工するしかなかったと先生御自身が著書の中で述懐されています。

『仮面ライダー』シリーズの場合、丸い目や額にポッチなどライダーのデザインに共通項はありますが、原作者の石森先生が一号にあまりとらわれることなく様々な形を提示しておいてくれたおかげでデザインの許容範囲に幅ができました。
ウルトラシリーズと比べるとライダーの方が新デザインをする上でずっと自由度が高く、隙間があるといえるでしょう。

しかし、ウルトラマンは初代があまりにも出来過ぎで…デザインの完成度が高くインパクトがありすぎたために、後に続くウルトラマン達のデザインは初代の呪縛にずっととらわれ続けることになってしまいました。

でも、それは仕方がないことなのです。
デザイン上、誰もが知っているウルトラマンらしいウルトラマンにするためには…。

となるとあとは、新しいウルトラマンのデザインはあの初代マンのデザインにどういう加工を施してゆくか?という方向性と匙加減(さじかげん)の問題にならざるを得ません。

今回のゼロは、ウルトラマンのデザインの加工という意味では、方向性としては間違っていないように私には見えます。

素材を神話などの過去に求め…ギリシャ神話に登場する動物神、牧神の角のようにも見えるゼロの頭部の二本のアイスラッガーは、タロウ以来“角のあるウルトラマン”の別の方向性として大変冒険的なデザインをしているといえるでしょう。

ただ、どうせやるならもっともっと…それこそウルトラファンの反感を買うくらい冒険してもよかったかもしれません。

いまさら言っても仕方ないことなのですが、成田亨先生は晩年「怪獣とは何か?ヒトはなぜ怪獣に惹かれるのか?」を研究し、神話や伝説の中に登場するキメラ(怪物)を数多く描いていらっしゃいました。
生前、成田先生はウルトラマンに角をつけたりお乳をつけたりすることには猛反対してらっしゃいましたが、もし成田先生が“角のあるウルトラマン”をデザインしていたら?一体どんな形になっていたでしょう?

恐らく「こ…コレがウルトラマン?」と絶句するような、誰もが知っているウルトラマンのイメージとはまったくかけ離れた別モノのデザインが仕上がってきたのではないでしょうか?

それは成田先生が“アーティスト”だったからです。
「既存の価値観を破壊し再構築して、新しい観点を提示する」のが“アート”ですから。

ただし、新しいイメージというのは理解されるまでに時間がかかり、なかなかすぐに受け入れてはもらえないものです。
ファンもイメージを崩されるのを嫌いますから、商業的にも成功するのが難しくなります。

だから出資者(スポンサー)が製作者に、新しいウルトラマンを作るにしても“ウルトラマン”を名乗る以上はそのイメージを守って欲しいと思うのは当然のことです。
同時にそれこそが、ウルトラマンというシリーズ作品が抱えている最大のジレンマでもあるのですが。

少し話はそれますが、我が恩師実相寺監督も“アーティスト”で“世界の破壊者”でしたから、初代マンの中でもイメージを覆すようなエピソードをバンバン作っていました。
それが初代マンの世界観を広げることになったのは今でこそ明白ですが、製作当時は上のヒトから相当たたかれたというのは有名な話です。

アーティストはイメージが固定されることを嫌います。
それは次に新しいイメージを提示していくことへの妨げになりかねないからです。

それゆえに成田先生は、単純に角をつけたりお乳をつけたりして“部分修正”されたウルトラマンのデザインを許せなかったのでしょう。

いくらウルトラマンが成功したキャラクターだとはいえ、それでは新しいウルトラマンのイメージを提示したことにはならない。
そんなことを繰り返していたら将来的に必ず行き詰まる…ということがわかっていらっしゃったのだと思います。

初代マンのデザインは恐ろしくハードルが高く、それを超えることは不可能なのかもしれません。
後に続く者にできるのは、結果“部分修正”だけなのかもしれない…だとしてもやらなければ。

もし私達がウルトラマン以上のキャラクターを提示できないならば、これからもウルトラマンを作り続けていくならば、それはいつかは立ち向かわなければならない…乗り越えないといけない壁だからです。

私はウルトラマンゼロのデザインを支持します。

これからの時代、たとえ小さな変化だろうと積み重ねていかないことには、先へ進めない…未来が開けないと思うので…。

えっ…何?ゼロってセブンの☆☆☆って設定…なの!?

それはちょっと…。 
2009/09/16 08:13|独り言TB:0CM:0

ブログ日記一周年。 

9月12日

気がつけば、このブログ日記も開設してからぼちぼち一周年。

更新を手伝ってくださっている管理人のガンダム番長氏には、ホントに迷惑かけっぱなしで頭があがりません。
ホントにありがとう。

しかし、生来無精者の私としては…一年も日記を書き続けることができたこと自体が、まったく奇跡としか言いようがなく、非常に感慨深いです。

これまでの人生においても、何度か日記をつけようとした時期はあったのですが…そのたびに挫折してしまいました。

それが、このブログ日記に限っては続けることができているのは…おそらくこの日記が“公開日記”だからでしょう。

面白いことがあった日は他の人にも教えたい…という欲求が私にはあります。
恥ずかしい自分をさらけ出してしまいたいという欲求も…マゾ?なんでしょうか?

ホントなら、漫画家なんですからそれを漫画で描くのがスジってものかもしれませんが…漫画を描くスピードよりも、過ぎ去っていく時間のスピードの方がはるかに早いので…私にはなかなかうまくできません。

日記漫画家さんはすごいですね。私には真似できそうもない。

そんな訳ですから、いつまで続けられるかは私にもわかりませんが…できるだけ滞らせないよう書き続けていこうとは思っておりますので、どうか皆様これからもよろしくお付き合い下さいませ。 
2009/09/12 17:40|独り言TB:0CM:0

林家しん平師匠の落語会。 

9月11日

私が講師をつとめている八王子の専門学校では、一年に一回落語家さんに学校まで来ていただき落語を聞かしていただくという会が催されるのですが…

今日がちょうどその日でした。

出演していただいた落語家さんは柳家右太楼(やなぎや うたろう)師匠と林家しん平(はやしや しんぺい)師匠。

林家しん平師匠といえば…自主で『ガメラ4』を製作されたり、最近も『深海獣レイゴー』や『雷牙』という怪獣映画を監督されたり…と落語界一の怪獣(特撮)マニアとしてその名を知られている御方。

直接の面識はありませんでしたが、特撮雑誌などで私も師匠の御名前や作品は存じておりました。が…

「実は今回の落語会でしん平師匠が最新作『雷牙』の予告編を上映されるそうなのだ…しかし、怪獣といっても学生にはよくわからないかもしれないからな…ちょうどいい。加藤クンが怪獣好きなら、ひとつ学生たちに簡単に怪獣の魅力とやらをレクチャーしてやってくれたまえ」と上の者から命じられ…

しがない戦闘員のひとりの私としては、命じられたらもう「イーっ!」と従う他ないわけで…

いやぁ、きつかったです。

右太楼師匠としん平師匠…二人のプロの噺家さんの間に挟まれて、しん平師匠の前座…というか前説としてわずか3分間で怪獣の魅力について語らなくてはならない…。

そんなこと生まれて初めての経験なんで…しかも持ち時間3分なんて…うまくまとめられる訳ありませんがな!

以下、私が本日の前座のために、前の日徹夜して描いた“3分間でわかる怪獣の魅力”の構成台本の全文です。

☆☆☆☆☆

『日本の怪獣映画の魅力について…ところで“怪獣”って何?』

☆“怪獣”というと非常に古典的な言い方なので若い皆さん(学生)には今ひとつピンと来ないかもしれませんが、それを“モンスター”という風に言い換えれば、例えば『モンスターハンター』や『ポケットモンスター』などモンスターが主役のゲームは現在いっぱいありますし、そうしたゲームも一種の“怪獣モノ”として捉えれば、怪獣がいかに根強い人気があるキャラクターか?なんとなくわかっていただけると思います。

なぜそれほど怪獣に人気があるかというと、それは怪獣というキャラクターが非常に魅力的だからです。怪獣には魅力的なキャラクターを作る上での条件が揃っているからです。

☆具体的にいうと…

①姿形(デザイン)
②能力(性格)
③出自(過去)

これは怪獣に限らず人気のあるキャラクターすべてに言えることですが、人気キャラクターはこうした条件がとても個性的で、それがキャラクターの魅力になっています。

有名な怪獣を例にとってみますと…例えば“ゴジラ”は南海の核実験で眠りを呼び覚まされた古代の恐竜の生き残り(出自)、二足歩行で大変巨大(姿形)、口から放射能火炎を吐くという特技(能力)があります。

同じように、“モスラ”の出自は南海の孤島、姿形は巨大な蛾のようですが、生まれ故郷では現地の人々から守り神として崇められていたほど性格はとても知性的。

“ガメラ”は北極生まれの巨大な空飛ぶ亀で火を食べ、口から火炎を放射する…といった具合に、怪獣はどれもみなキャラクターとしてきわめて個性的です。

☆『ゴジラ』のような“怪獣を物語の主役にした映画”は、日本より海外の方が歴史的には古いのですが、例えば“キングコング”は南海の孤島生まれで大変な力持ち…大変魅力的なキャラクターではありますが、姿形はただの巨大なお猿サンにすぎません。
一方ゴジラやモスラは、恐竜や蛾をベースにしてはいますが実際の恐竜や蛾とはかなり違う…姿形に独特なアレンジが加えられています。

そうしてみると、海外よりも日本の怪獣の方が、よりキャラクター性を強調する方向で、明確にキャラクター性を重視するカタチで作られてきたとも言えるでしょう。

☆もうひとつ、魅力的なキャラクターを作る上でとても重要な要素があります。

それはリアリティ(実在感)です。

物語やキャラクターにリアリティがあると、見ている人は“このキャラクターは本当にいるんじゃないか?”という風に架空のキャラクターに感情移入し見近に感じることができて、キャラクターがより魅力的なものになります。

怪獣映画では“もしも本当に怪獣が現れたら?”というリアリティを表現するために…例えば精巧なミニチュアセットを使ったり、現実の風景に怪獣を合成したり…という手法をよく使います。
その結果…

ファンタジーゲームのようなまったく見知らぬ世界を舞台にするのではなく“怪獣の実在感を出すため現実の風景をそのまま使う”という方向に進んだがゆえに…日本の怪獣映画はただの空想ではなく、一種の仮想現実映画…シミュレーション映画としての側面を持つようになりました。

阪神淡路大震災の後、製作された平成版のガメラシリーズは、怪獣の出現を一種の天災…災害として捉え“もしも怪獣が出現したらどんな被害がでるのか?…それを、例えばテレビ局はどう報道するのか?”ということをひとつひとつ丁寧に描いていくことで、リアリティを出すことに成功しています。

“災害シミュレーションとしての怪獣映画”の参考例として、一度見ておくのも良いでしょう。

☆以上、怪獣映画の魅力について簡単に説明してきましたが…とはいえ、映画が娯楽の王様だった昔と比べて、娯楽の中心がゲームに移ってしまった現在では、昔ながらの怪獣映画は製作されなくなり、また製作しづらくなっていることも事実です。

しかしまだ、その可能性がまったくなくなってしまったわけではありません。

例えば、2年前に公開されたアメリカ映画『クローバーフィールド』は最新技術を使って、政府の秘密データベースから流出したドキュメンタリービデオ…という設定で新しい怪獣映画のひとつの可能性を示しました。

日本の怪獣映画にも、ゴジラがスクリーンに登場してから四半世紀以上の歴史と伝統がありますから、きっとまたまったく新しい表現の怪獣映画が生まれてくるに違いありません。

なにしろ、怪獣はキャラクターとして魅力的ですからね。

☆☆☆☆☆

実際にこんなスムーズにお話できた訳ではありません。

それにしても長い。

いろいろ削ぎ落としたつもりではあったのですが、まだまだ無駄が多く…さりとて構成をやり直す時間はまったく無く、稽古不足を幕は待ってくれませんし…やっぱり3分間でまとめるなんていまの私には全然無理でした!

しん平師匠からも「話が長すぎる」と怒られてしまいました。

面目ない…どうもスミマセン。

しん平師匠の新作落語、ショッカーとの戦いの日々を終えた北郷猛が年齢(よわい)50を過ぎて再就職口に苦しむというハナシ「仮面ライダーの憂鬱」は、大爆笑で聞かせていただきましたが…人に話を聞かせるのってホントむつかしい…と、心の底から思った1日でした。

いやぁ、緊張した。 
2009/09/12 17:11|独り言TB:0CM:0

自画像 

加藤 礼次朗

Author:加藤 礼次朗
1966年3月8日生まれ。
職業:漫画家。

1986年描き下ろし単行本
『まんが音楽家ストーリー ベートーベン』でデビュー。

映像界では、イラストや友情エキストラ(出演)、2007年にはオペラ「魔笛」の衣装デザインを手がけるなど漫画界以外でも幅広い活動をしている。

 

コミック版『はやぶさ 遙かなる帰還』 

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夏目漱石の「三四郎」 

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まんが音楽家ストーリー3 

ベートーベン
 

まんが音楽家ストーリー8 

バイエル
 

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