総番長日記

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その時歴史が動いた 

もしも・決断の瞬間編
 

その時歴史が動いた 

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八王子でジャッカー。 

3月30日

あの地震の日

「たぶん崩れはしないだろうけれど一応念のために」…

ということで学校の指示で校舎から出され、職員生徒とも一旦中庭に集められてその時撮ったのがこの写真なんですが…



私が講師をつとめているその八王子の専門学校のキャンパスが…

こないだの日曜の朝にやっていた『海賊戦隊ゴーカイジャー』第六話を見ていたらクライマックスのバトルシーンに登場!

しかも、ジャッカー電撃隊が!
ウチの学校で戦ってる!



ウチの学校には専門学校と一緒に大学も入ってるんですが、その大学の方の校舎…研究棟の後ろで怪人が巨大化!



いやぁ撮影、見たかったなぁ。

校舎の影、太陽光線の感じから見て多分学校が休みの日の、ものすごい早朝に撮影してると思われるのですが…

タイミング的に撮影時期は地震の直前くらいかしら?

それにしても

ウチの学校が東映日曜朝のロケ地としてカムバックしたのはホントに久しぶり

ライダーでは『カブト』、戦隊では『デカレンジャー』以来じゃないかしら…多分。

昔は『ソルブレイン』に出てくるソルブレイン基地など、実に頻繁に特撮映像に登場するメジャーなロケ地だったんですがね

さる事情(聞いた話、どっかの撮影隊が機材搬入時にトラックを校内の電柱にぶつけて破壊して逃げた…という噂)によりレンタル料(場所代)がものすごい高騰してしまって

そのせいか、映像作品にウチの学校が登場することはめっきり少なくなってしまっていたのですが…

映画『牙狼3D』や実写版『ふたつのスピカ』など最近また、ちょっとづつウチの学校を映像で見かけることが多くなってきて…

なんでしょう?

確かにウチの学校の校舎は、他で見られないような特殊な形状をしていますし



マニアックに言うと「合成するのにマスクをきりやすい形をしている」と言えますし

山の上の方にあるから電柱や民家などがあまり写り込まないから、そのままでも近未来感がある

SF的というか特撮映えするというか

ありそうでなかなかない、実に得難いロケ地ではあるのですが

またチョコチョコと映像で見かけるようになってきたのは、実に喜ばしいことなんですが…

なんでですかね?

レンタル料が下がったとか?…

何かあったのかな。

誰か知っている人がいたら教えてもらえませんかね?

私の方でもちょっと調べてみますか。

いや…あんまり触れない方がいい事情だったりして。 
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2011/03/30 06:49|独り言TB:0CM:0

私にできること。 

3月29日

私にできること…

とりあえず、日記書きます。

全然日記が更新できてなくて申し訳ありませんでした。

早いもので…「あの日」からもう2週間以上が過ぎ節電で夜が妙に薄暗い以外は、交通や物流を含む以前の日常生活…

平安が少しづつですが街に戻ってきているような…そんな気がします。

もちろん、その平和は「見せかけにすぎない」のではあるのですが、その話は、今回は一旦置いておいて

私もようやく仕事場の片付けがひと段落した感じで仕事を再開し始めましたが…

花粉と崩れた荷物から舞い上がったハウスダストによる鼻づまり&くしゃみと戦いながら…

ここまで復旧するまでには結構苦労しました。

まぁ、東北の方々の苦労を考えたら私の苦労など苦労の内には入りませんが…。


2011年3月11日午後2時46分…

東北から関東にかけての広い地域を襲った未曾有の大地震…

現時点で「東北関東大震災」とか「東日本大震災」と呼ばれているその地震は、自然の猛威に対し人間がいかに無力であるかを見せつけました。

私は、講師をしている八王子の専門学校で自らのその力の無さを思い知らされていました。

地震の影響ですべての交通機関が一斉にストップし、いわゆる帰宅困難者になってしまったからです。

私は臨時宿泊所として解放された学生食堂で、学生たちと一緒に交通機関の復旧を待ちました。

しかし、地震の被害については「確かに激しい揺れだったけど、いったいどのくらいの規模だったのかなぁ?」と

学校にはテレビやラジオがなく、ケータイはつながりにくく、ノートパソコンを持参した生徒や職員から少しづつ漏れ聞こえてくる又聞き情報だけではマグニチュード 9.0という地震の大きさが、私にはいまひとつ実感できていませんでした。

夕方くらいからネットなどを通じて各地の被害情報が徐々に明らかになってきたのを、職員の人がノートパソコンでチェックしていたのを後ろからのぞき見していたのですが

私には、千葉のガスタンクが爆発しているところも仙台空港の滑走路が津波に呑まれていく光景もなんだか特撮映画の1シーンのように見えてしまって…

こんな被害が実際に起きているなんて俄かには信じられませんでした。

夜中、京王線や西武線といった私鉄が日をまたぐ前くらいの時間から徐々に復旧し始めました(JRが運転再開したのは翌朝)。

その時点で、無理して家に帰ろうと思えばなんとか帰れないこともなかったのですが…

「今日、帰ってきても寝るトコないよ」

と嫁さんから電話で聞かされて相談した末、私は学食で一晩寝て体力を温存し、翌朝学校近くのデニーズでしっかり朝食をとってから自宅へと戻ることにしました。


3月12日の昼、帰宅。

前日、嫁さんからメールで送られてきた写真を見て覚悟はできていたのですが…

自宅はいっぺん逆さまにしてから元に戻したような…すごい有様になっていました。





八王子では地震の情報を断片的にしか知ることができなかったので、すぐテレビを点けて見たかったのですが…

テレビはテレビ台の上から転がり落ちて、先に棚の上から床に落ちた『スターウォーズ』のダースモールのスピーダーバイクのフィギュアを下敷きにしてパッケージをグシャグシャに潰していました。

「……………。」

…と、私は自分のグッズがパーになったのを見て一瞬完全に思考が一時停止してしまったのですが…

次の瞬間

「これがもし嫁さんだったら」

と思って、背筋が凍りつきました。

後でテレビを見て、その可能性が十二分にあったことがわかり、なおさら戦慄しました。

それから、捨てたり積み直したり…

3日くらいかけて部屋は大体元の状態に戻りました。



まだこの他に、仕事場はさらにひどいことになっていたのですが…それは置いておいて

もっとひどい被害に会われた方々には申し訳ないのですが

本当に、この程度の被害で済んだ私は幸運でした。

とりあえず

神戸在住の俳優、堀内正美(ほりうち まさみ)さんが呼びかけている民間の支援団体『阪神淡路大震災 1/17 希望の灯』を通じて、ささやかな額ですが募金に参加させていただきました。

他に私に何ができるのか…

いまパッと具体的には思い浮かばない…というのが現状ですが

他にも何かできることがきっとあるはず、と思って

何ができるのか?できることをこれから一生懸命考えます。 
2011/03/29 07:45|東日本大震災TB:0CM:0

ご心配おかけ致しました。 

3月14日

皆様、ご心配おかけ致しまして申し訳ございませんでした。

地震から3日。

ようやく身の回りの整理が進んできて簡単な報告を書くことができます。

私は、とりあえず大きな怪我をすることもなく無事です。

私の家族、肉親からも今のところ悲しいお知らせは届いていませんので、ひとまず胸を撫で下ろしているところです。

しかし

被災された東北地方の皆さんの惨状を思うと

その被害のあまりの大きさに、胸が締め付けられます。

言葉が見つかりません。
頑張ってくださいとしか…。
申し訳ありません。

私がこんなに大きな地震だということを知ったのは、実は地震があった次の日でした。

まず、その辺から少しずつ書きます。

地震のあった金曜日は、学校で職員会議があって非常勤講師の私も八王子の学校へ出勤していました。

会議が終わって、午後3時頃

卒業生なのに、まだ課題の提出ノルマを果たしていない学生が多数登校してやっていると聞いたので「どれどれ?」と様子を伺いに教室を覗きに行きました。

まさにその時、

教室が揺れ始めました。

学校で地震に会うのは初めてではなかったので「まぁすぐ止むだろう」と思っていました。

ところが、揺れはだんだん激しく大きくなってくる…

さすがに「これはやばいかな?」という揺れ方になってきた時、私がまず真っ先にとった行動は

各教室を廻って「机の下に隠れて!頭を出さないようにね」と、生徒を避難させることでした。

自分で思いました。

「なんだ、これじゃまるで学校の先生みたいじゃないか」と。

いや、学校の先生なんですが

そういう行動を自分がとれたということが、自分自身ちょっと意外だったものですから

「へぇ、いざとなったら俺こんなこともできるんだ」と、

ちょっと自分で感心してしまいました。

ただ…そこからが大変でした。

ふっと気がつくと

生徒は全員机の下に隠れて教室はまるで無人のよう…

あれ?それを見ている「俺はなにしてんの?いや…どうしたらいいの?」

自分自身の安全確保についてはまったく考えていなかったんですね。

それで「いかん!」と思ってあわてて廊下に飛び出しました。

なんで廊下に出ようと思ったのかは…わかりません、覚えていません。

廊下では割れはしませんでしたが窓がバシンバシン轟音を響かせながら波打っていました。

「いかん、いまこの窓が割れたら、ガラスが刺さって俺はガラスのハリネズミみたいになってしまうのではないか!?…

ん、そういえば漫画でそういうシーンを見たことが…

あれは…バイオレンス・ジャックだったっけ、いや、はだしのゲン…は地震じゃないか」


とか考えているうちに、揺れはますます激しくなってきました。

教室が6階にあったせいか、揺れは多分地上より激しかったと思います。

ほとんど立っていられないほどの揺れの中、なんとか転倒するまいと、私は廊下でたった一人…必死でマヌケな死の踊りを舞っていました。

「座り込んだらきっと立ち上がれなくなる、そしたら逃げられなくなる、なんとか倒れないようにするんだ…

ああ、壁に捕まりたい…いや、壁が崩れてきたらどうする?

ここ(その時私のいた校舎)は校内でも一番古い一番老朽化している校舎なんだ…このまま揺れが続いたら倒壊するかも…

ああ、そういえばこんな場面を去年漫画で描いたっけ(『コミック帝国ホテル』の関東大震災のシーン)…とか言ってる場合じゃない!

いまにも天井から蛍光灯が落ちてきそうだ…

こ、怖い!そうか、俺も教壇の下に隠れればよかった。

どうして廊下に飛び出してきてしまったんだろう…失敗した、また失敗した…俺の人生はまさに失敗の連続だ。

はははは…ああ、今頃実家も仕事場もひどいことになっているだろうなぁ…

この揺れでは、本もフィギュアもDVDもみんな棚から飛び出してグチャグチャになってるだろう。

かたづけ…大変だろうなぁ…

いや、それより嫁は大丈夫だろうか?

アイツは夜型だから…いまのじかんはもしかしたらまだ寝てる可能性がある…

アイツの寝床の横の棚の上には…『ガンダム』と『ダイヤモンド・アイ』の全話LDボックスが…

アレが頭の上から落ちてきたら、ひとたまりもあるまい…

スマン、俺の嫁になったばっかりに…そんな惨たらしい最後を迎えなければならないとはな…

許してくれ、俺を許してくれ…」


人間、本当にいざとなると一瞬のうちにいろんなことを考えるもので…作り一切無しで…冗談ではなく、一瞬本当に自分の最後を覚悟しました。

しかし

校舎はヒビが入ることも窓が割れることもなく、なんとか地震の揺れに持ちこたえてくれました(私がいた校舎以外では一部破損があったようですが)。

後でわかったことですが、嫁さんも揺れ始めた時に危険を感じ寝床から飛び出してくれたおかげで、危うく難を逃れました。

揺れがおさまって、緊急避難放送が入り私と生徒たちは学校の指示で校舎の外へ出ました。

校内にはテレビがないので、ケータイのワンセグ機能で地震の状況や規模をチェックしている生徒がたくさんいましたが、皆が一斉にアクセスしたために電波状態が悪くなり、なかなかうまく繋がらなかったようです。

学校はとりあえず生徒を安全に帰宅させる方法をあれこれ調べて検討しましたが、電車が全面ストップしてしまうと、ほとんど陸の孤島になってしまうのがウチの学校の難点です。

で、結局

私はそのまま学校内で一夜をあかし、翌日のお昼に家にたどりついたのでした。

(続く)

 
2011/03/14 04:25|東日本大震災TB:0CM:0

【地震】加藤総長の近況 

管理人です。

加藤総長と連絡つきましたので報告です。

総長は八王子の専門学校で被災。

当日は帰宅出来ず、今日になってようやく帰宅しましたが、実家も仕事場も崩壊状態らしいです。

今現在は精神的・肉体的疲労で何も手が付けられない状況なので、私がブログに近況を報告します。

疲弊はしてますが、総長自身・ご家族共々大きなケガも無いので、近々復活すると思います。

しばらくお待ち下さい。 
2011/03/12 17:18|管理人のお知らせTB:0CM:0

生誕100年 岡本太郎展。 

3月8日

「♪岡本の父、一平~
 岡本の母、かの子~
 そして、太郎がココにい~る~♪」

というわけで、竹橋の近代美術館へ『生誕100年 岡本太郎展』を見に行ってきました。



素晴らしい。

作品も、岡本太郎(おかもと たろう)先生自体も、あまりにも素晴らしすぎる展覧会で、目に涙が浮かんできたのは花粉症のせいだけではなかったと思います。

感動しました。

感動のあまり「芸術は爆発だ」とモノマネしてみましたが、まったく似ていませんね。



以前、渋谷駅に展示されている太郎先生の巨大壁画『明日の神話』のことについて書いた時、絵から何かエネルギーのようなものが出てる…みたいなことを描いたと思うのですが

太郎先生の作品は、本当に放射性物質のようにすごいエネルギーを発していて、そんな作品に周りを囲まれると、なんだか沸き上がるエネルギーの洗濯機の中に放り込まれたような…不思議な興奮を覚えました。

まぁ、肉筆の迫力というのもあるのでしょうが…私も知らない誰かに何かを感じさせるような…そういう作品が作れたらいいなと思います。

しかし、こういう本物の芸術家の作品を見ると、漫画家は芸術家ではない(芸術家になってはいけない)ということを再確認させられますね。

漫画家に芸術的なセンスは必要だけれど、漫画はやっぱり売り物、商品なので。

読者のことを意識して作品を描くのがプロの漫画家(フツーは)というもの。
(といいながら若い頃の私は、あんまり読者のこと考えて描いていませんでした…反省してます)

買ってくれる人、読んでくれる人を満足させてこそ…読者あってのマンガ。

作品を描くのは漫画家だけれど、それを完成させるのは読者、というか…読者と一緒になって作っていくという、そんな側面があって…そういう意味では漫画は「純粋な表現」ではないとも言えます。

芸術家にとっては売るために作る芸術は「純粋な表現」とはいえません。

芸術家は買い手に指図されてコロコロ自分の表現を変えたり、見る人の御機嫌を伺うような作品は作りません。

それは芸術とはいえないのです。

「そういう行為は芸術家としては卑しいことだ」と、やはり天才芸術家であった我が恩師・実相寺昭雄(じっそうじ あきお)監督もよく言っていました。

そういう本物の芸術に比べると漫画はずっと軽薄です。
読者の人気だってすっごい気になりますし。

その辺が漫画家と芸術家の大きな違いかな…と思いますが、考えてみたら太郎先生のお父上、岡本一平(おかもと いっぺい)先生は漫画家。

太郎先生の表現もディフォルメされてどこかマンガチックなところがあるのは、もしかしたらお父上からの影響なのかもしれません。

「芸術はキレイなモノであってはならない」と太郎先生はおっしゃいますが、そのひと目で「見た人をハッとさせる」大胆さにおいて太郎先生の芸術表現と漫画は地下水脈で確実に繋がっている…私にはそんな気がしてなりません。

ミュージアムショップで売られている海洋堂の会場限定フィギュア『太陽の塔+岡本太郎先生フィギュア』も無事ゲットすることができました。

以前、国立博物館の『阿修羅展』を見に行った時には、限定の『阿修羅像フィギュア』が早々に売り切れていて非常にくやしい思いをしたので…今回は買い逃すまいと 気合いを入れて初日に行った甲斐がありました。

初日…といえば、今日は「私の45歳」の一年間の最初の日なのでした。

人生の新たな一歩を踏み出す、その大事な最初の日に…フィギュアの他にも図録とか絵葉書とかいろいろ買ってしまい…散財です。

いけませんね。

これじゃ「昨日までの私」となんにも変わんないじゃないですか!

本当に今月に入ってから、いろいろと考えさせられることだらけです。 
2011/03/09 00:45|見聞録TB:0CM:0

自画像 

加藤 礼次朗

Author:加藤 礼次朗
1966年3月8日生まれ。
職業:漫画家。

1986年描き下ろし単行本
『まんが音楽家ストーリー ベートーベン』でデビュー。

映像界では、イラストや友情エキストラ(出演)、2007年にはオペラ「魔笛」の衣装デザインを手がけるなど漫画界以外でも幅広い活動をしている。

 

コミック版『はやぶさ 遙かなる帰還』 

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夏目漱石の「三四郎」 

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まんが音楽家ストーリー3 

ベートーベン
 

まんが音楽家ストーリー8 

バイエル
 

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