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前田隣さん、ありがとう。 

3月19日

今日、コメディアン前田隣さんのお別れの会があったのだが、別の用と重なってしまい、行くことができなかった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

20090320061818

前田隣さんといえば、「親亀の背中に子亀を乗せて~そのまた背中に孫亀乗せて~」や「赤上げて、白上げて、白下げないで、赤下げない」というギャグで一世を風靡したコントグループ“ナンセンストリオ”のリーダー。

「赤上げて、白上げて…」という旗上げギャグは最近、マンガ「よつばと!」の中でも引用されていたが、オリジナルは前田さんのナンセンストリオなんだよ。
そうなんだよ。覚えておきなさい、○石くん(私のアシスタント)。

20090320061821

前田さん(ナンセンストリオ)は実相寺監督が演出した伝説的特番「ウルトラマン前夜祭」にも出演されている。

その番組に影響されて、河崎監督が「電エース前夜祭」という番組を作ったことがあった。
もう十数年前のことだ。

その時の司会役を務めたのが前田隣さんで、「電エース」シリーズで電次朗を演じている私もご一緒させて頂いた。

番組当時、30歳になり、だんだん体力の衰えを感じ始めていた私は、河崎監督に黙って、いつもはテンションの高い電次朗を、その時は少し抑え気味にシニカルな皮肉屋ッポク演じてみた。

20代の時から、もう20年以上も飛び飛びで演じてきた電次朗だが、演じるにあたって、河崎監督からなにか特別に要求されたりしたことはあまりない。
いつも「はい、テンション上げていってみよー!」といわれるだけだ。

生意気にも、当時の私はプロの役者でもないのに、そんな自分に(自分に要求されているキャラクターに)やや疑問を感じ始めていた。

つまり、30代、40代になっても電次朗や「筋肉番長」のような、ただただテンションが高いだけの自分を続けていけるのか?と自信をなくしていたのだ。

私の家系は脳溢血の血筋でもあるので、個人的にそれも心配だった。
年をとってから、テンション上げ過ぎて脳の血管が切れたらどうしようと不安になり始めていた。

そこで、体力が衰えても演じていけるような、自分のキャラクターを変えてみたらどうかと、勝手に実験的に電次朗のキャラクターを変えて演じてみた…要するに「守りに入った」のだ。

いまだから言うが、当時の私はハッキリ言って“芸”というものをナメていた。
燃え尽きるよりも、ダラダラ長生きすることを選ぼうとしていた。
全力疾走で生きることに拒絶反応を示していた。

その後ろ向きな姿勢は、あっという間に前田さんに見破られた。

番組収録後の控え室で、前田さんに質問された。
「君はいつも、今日みたいな(皮肉ッぽい)感じで、この役を演じているの?」

「いや、いつもは違うんですが、今日はちょっと感じを変えて演じてみようかと思いまして…」と私は答えた。

すると前田さんは、少し怒ったような、ガッカリしたような目で…「一度、始めた芸風を途中で変えちゃダメだよ。」と言われた。

そう言われた私は…

顔から火が出る位恥ずかしくなった。

「もぅ、逃げられないんだな」と思った。

「一度始めた芸風を途中で変えてはいけない」…自分で作った芸風(作風)から逃げ出そうとしていた自分に、無理矢理気づかされた感じだった。

それでもう、私は腹をくくった。
覚悟を決めざるを得なかった。

自分から失速するのは止めよう。
遠く宇宙から大気圏に飛んできた隕石のように、たとえ地表にたどり着く前に燃え尽きようと、燃え尽きるその瞬間まで燃え続けよう…と。

それは、演じること、描くこと…つまり創作すること、生きることに手を抜かないという意味だ。

以来私は…前田さんのおかげで、すっかり“ただただテンション上げ上げ”の…手を抜くことのできない人間になってしまった。

本当に、これでよかったのだろうか?時々思う。
テンション上げ過ぎで周囲の人間がどん引きしているのを感じた時とか…。

しかし、常に自分の、ギリギリのところまで力を出し切る…という生き方は、清々しい。
“いつもいっぱいいっぱいなだけ”にも見えるけど…。

でも、そういう生き方があるんだということを、私は前田隣さんから学んだ。

恥ずかしいので、製作された当時以来、私は「電エース前夜祭」を再見していない。

前田隣さんとお会いしたのも、その時一回きりでその後お会いしていない。

やはりもう一度、キチンとお会いしてお礼を言うべきだった…といま、思う。

前田隣さん。

お別れの会にいけなかったので、こんなところで書くことをお許し下さい。

あの時、変に芸風を変えなかったことで、得ることのできたものが確実にあります。

本当にありがとうございました。

ご冥福を心からお祈りいたします。  
2009/03/20 06:18|独り言TB:0CM:0
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加藤 礼次朗

Author:加藤 礼次朗
1966年3月8日生まれ。
職業:漫画家。

1986年描き下ろし単行本
『まんが音楽家ストーリー ベートーベン』でデビュー。

映像界では、イラストや友情エキストラ(出演)、2007年にはオペラ「魔笛」の衣装デザインを手がけるなど漫画界以外でも幅広い活動をしている。

 

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