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実は傑作?「ウルトラマンA」(5 

8月5日

子供の時…私は「ウルトラマンA」が好きではなかった。

男女合体変身がウリだったハズの「A」…だのに番組途中からヒロイン南夕子が姿を消し、北斗星司が(左右の手に指輪をはめて)一人で変身するようになったのを見て…

「だったら、最初から北斗隊員が一人で変身してればよかったのに…。」

と、本放送当時6歳だった私は思った。
ナマイキだった。

その感想はずっと変わらなかった。
高校時代、ウルトラシリーズのちょいマニア向けのLPレコード「サウンドウルトラマン」やムックが発売され、1974年の「レオ」を最後に休止状態だったシリーズに再評価の気運が高まり、テレビでも再放送が始まった。
その時、再び「A」を見た時も…

「冬木透先生のBGMはサイコーだけど…南夕子カワイイのに、どうして途中でナシにしちゃうかね。やっぱ、エースはダメだな。」

と思った。青かった。
「見ているのはどうせ子供だろ?と思ってバカにして作ってやがる」と思っていた。

「裏切られた」と…。

しかし、実際はそうではなかった。
日本のテレビ界で先にも、そしておそらくは今後もないであろうほどの特撮ヒーロー番組林立時代の荒波に揉まれながら、「A」をどの方向へ進めていけばいいのか?製作者たちも悩み苦しんでいたのだ。

その後、漫画業界に身を置くようになってから…私にも徐々に“オトナの事情”というものがわかってきた。
そういうものが見えてくるにつれ、私の中での「A」の評価も段々変わってきた。

つまり、企画というものは変質してゆくものだということが、理解できるようになったのだ。

最初は何をやろうとしていたのか?
それがなぜ変異していったのか?
企画内容を咀嚼(そしゃく)して、経緯を冷静に分析することができるようになった。

その上で現在、あらためてDVDなどで「A」を見返してみると…結果としては失敗してしまったかもしれないが…「A」が“新しいウルトラマンを作る”という課題に果敢にチャレンジし、新たな可能性、方向性を探っていた野心作だったということがわかる。

先達の残した「ウルトラマン」というフォーマットをただなぞるのではなく、新しい何かをそこから始められないか?と。

視聴者が、それを望んでいたかどうかは別として…。

視聴者は必ずしも、新しいものを求めているわけではない。
“いつまでも変わらぬままのアナタでいてほしい。その方が安心してみていられるから…”とでも言おうか?
特に長寿番組ではその傾向が強い。

例えば「水戸黄門」で、番組開始5分で黄門様が印籠をかざし、ヤケクソになった悪代官が切りかかって黄門様が瀕死の重症を負ってしまう…という始まり方をするエピソードが、もしもあったとしよう。
それはたいへん野心的で、私としてはその方が面白いと思うのだが、「水戸黄門」を長い間ずっと見てきたおじいさん、おばあさんにとっては、きっと不安になって見ていられなくなってしまうに違いない。
それはその人たちが「水戸黄門」という番組に、ハラハラドキドキの息をもつかせぬ展開と刺激を期待して見ているわけではないからだ。

そういえば、映画「ディープインパクト」が公開された時、「暴れん坊将軍」の一本で“江戸に隕石が落下してくる”というエピソードが実際にあった。

ストーリーの最後、隕石は江戸の中心を大きく外れて遠い郊外に落下して、メデタシメデタシとなるのだが…やはりこの回は「暴れん坊将軍」の中でも異色…というか異常だった。
視聴率的にはどうだったのだろう?

長寿番組の中でそうした実験的な試みが行われた時は、あとで必ず“引き戻し現象”が起きる。

「A」も、開始当初に盛り込まれていた野心的な設定が放送中にどんどん修正されて、最終的には“いつも通りのウルトラマン”に戻っていった…。

そのことで一番悔しい思いをしたのは…おそらく、その野心的な設定を「A」に盛り込もうとした人だろう。

最終回の脚本を担当した市川森一先生は、地球を去ってゆくウルトラマンAにこんなセリフを言わせている。

「子供たちよ…どうか優しさを失わないでくれ。弱い者をいたわり、互いに助け合い、どこの国の人たちとも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。たとえその気持ちが何百回裏切られようとも…それが、私の最後の願いだ。」

物語のラストを締めくくるには、いささか長すぎるセリフだ。
しかし、市川先生の「A」という作品に寄せた万感の思いと無念が、このセリフには凝縮されていて胸が締めつけられる。

このセリフはもう、一人のクリエーターとしての敗北宣言だ。

と同時に、「A」を見て“裏切られた”と感じたであろう子供たちへの謝罪文であり、市川先生自身の“子供番組”と“それをメシの種としか考えていなかったバカなオトナたち”への決別表明に他ならない…と書いたら、言い過ぎだろうか?

市川先生がNHK大河ドラマの傑作「黄金の日日(おうごんのひび)」の脚本を書くのは、この4年後のことである。

必ずしも視聴者は野心作を望んでいる訳ではない、と書いたが…本当にそうだろうか?

野心作というものはたいていの場合、野心的すぎてすぐには理解されない。
その証拠に本放送中には人気が出ず、後で再評価されることが多い。
そしてその作品が長期シリーズだった場合、野心作はそのシリーズの可能性、幅を広げることにあとで大きな役割をはたす…。

平成仮面ライダーシリーズでいうなら「響鬼」がそうだった。
「響鬼」がなければ、後の「電王」の大ヒットもなかっただろう。

「ウルトラマンA」で蓄えられたリサーチはシリーズに活かされ、子供番組として悩みを完全にふっ切った後番組「ウルトラマンタロウ」を生み出した。

そしてウルトラシリーズは現在も続く。
多分、これからも挫折と再生を繰り返しながら続いてゆくだろう。

未来へのヒントは過去にある。

ビジネスとしてソフト化されることが大前提の現在からは考えられないことだが、実相寺監督は「オレがウルトラマン作ってたころは、後でこんなに何度も見返されるなんて思ってなかったからなぁ。」とよくおっしゃられていた。
生々しい本音だ。

だからこそ、昭和ウルトラシリーズには成功も失敗も傑作も何だかよくわからないものもライブで刻みつけられている。

皆さんもいま一度「ウルトラマンA」を再見してみてはいかがだろう?

(おわり)  
2009/08/06 01:43|特撮魂TB:0CM:0
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加藤 礼次朗

Author:加藤 礼次朗
1966年3月8日生まれ。
職業:漫画家。

1986年描き下ろし単行本
『まんが音楽家ストーリー ベートーベン』でデビュー。

映像界では、イラストや友情エキストラ(出演)、2007年にはオペラ「魔笛」の衣装デザインを手がけるなど漫画界以外でも幅広い活動をしている。

 

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